故に世の中おもしろい(千両、千両)

千両、千両

 
「山」という言葉一つにしても、使い方によってさまざまな季語に生まれ変わる。「山はじめ」は新年のこと。「山したたる」は夏、「山よそふ」は秋、「山眠る」は冬の季語である。待ち遠しい春は「山笑ふ」となる。字面を見ているだけで、草木が一斉に芽吹き、山全体がにこやかに笑っているようにも感じられる。

江戸末期から明治にかけての俳人・井上井月せいげつは「山笑ふ今日の日和や洗ひ張」と詠んだ。洗い張りとは、和服や布団生地をほどいて洗い、のりづけしてしわを伸ばす作業のこと。いわばクリーニングだ。洗い清められ、新たな命が吹き込まれた喜びを表現した秀句といえるだろう。

井月は新潟の長岡藩士の子とされるが、故郷を離れ、信州伊那谷(現在の長野県)を約30年放浪して果てた。ひょうたんを腰にぶら下げ、大好きな酒を飲みながら「千両、千両」と上機嫌で唱えたそうだ。私たちとは生きた時代は違うが、心寒いニュースが続くご時世から見ると、懐かしいというかホッとさせてくれるような人物である。

花見の名所といえば、全国的に名高いのが青森県弘前市の弘前公園だろう。江戸時代、弘前藩士が京都の嵐山からカスミザクラなどを持ち帰ったのが始まりとされる。東京なら上野や隅田川、飛鳥山か。関西近郊なら生駒山、六甲山、吉野山だろうか。

それこそ「千両、千両」と唱えながら、陽光を浴びた春の景色をめでたい。山々もくすぐったくなり、笑い出さずにはいられなくなるはずだ。もうすぐ春がやってくる。

朝日新聞編集委員 小泉 信一



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