なるほどサイエンス(「電気のふるさと」の150年)

「電気のふるさと」の150年

 
先日、福島県の会津若松市と白河市を訪れました。ともに150年前、戊辰戦争(1868〜69年)の激戦地となった場所です。
 
戊辰戦争は明治維新のとき、新政府を樹立した長州藩、薩摩藩などと、対抗する会津藩と庄内藩、東北・北陸勢の31藩でつくる「奥羽越列藩同盟」などとの間で勃発した内戦です。
 
激戦地の一つ、会津藩の鶴ケ城(会津若松市)。城をのぞむ飯盛山の「洞門」からは、こんこんと水が流れ出ています。
 
この洞門は、猪苗代湖から城下に水を引く用水「戸ノロ堰」の城下側の出口。堰は江戸時代、200年余をかけてつくられました。
 
戊辰戦争では、敗走する白虎隊の少年たちがこの洞門をくぐつて城下にたどりつき、炎上する城下を見て自刃した悲劇の舞台になりました。
 
戸ノロ堰は維新後、実は日本の近代化の礎になります。1879年にエジソンが実用的電球を発明し、電化の時代が始まると、日本でも発電所建設が進みます。その一大中心地が猪苗代湖周辺でした。
 
戸ノロ堰だけで3基の水力発電所が建ち、猪苗代湖周辺は「電気のふるさと」と呼ばれるようになります。1914年には東京への送電が始まり、以後、「福島県産」の電気が日本の近代化を支えてきました。
 
その堰に今秋、92年ぶりに4基目の発電所が加わります。年内に発電を開始。出力30キロワット余の小水力発電。原発事故の惨禍を経て、「再生可能エネルギーさきがけの地」を目指す福島県の願いが、新たに堰に託されます。

朝日新聞編集委員 上田 俊英



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